仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「私の個人主義」 夏目漱石

講談社学術文庫で、400円です。
 
夏目漱石は、講演も名人だったそうです。
この本は5つの講演を収録してあります。
 
① 道楽と職業   ②現代日本の開花   ③中身と形式   ④ 文芸と道徳  ⑤ 私の個人主義
 
100年も前の講演でありながら、現代にも立派に通用する論説になっています。
やっぱり昔の文学家は頭脳明晰ですね。
当時はまだまだ階級社会だったから、知識人でなければ作家にはなれなかったでしょうし。
 
 
 
 
 道楽と職業
 
「道楽」は今でいうと「趣味」と考えればいいと思います。
 
時代を追うごとに職業が細分化されていくが、そうすると専門バカになり一人ずつの人間がもつ生活力
(一人で生きていく力)が弱くなる、という話などをしています。
その対策として
   「諸君が本業に費やす時間以外の余裕を挙げて文学書をお読みにならん事を希望するのであります。」
 
商売(仕事)となると何でも(趣味でも)嫌になる理由についても触れています。
 
 
 
 現代日本の開化
 
明治といえば「文明開化」ですね。それについて論じています。
 
いくら文明が進んだとしても、人間の心理的苦痛の程度は変わりないと話しています。
確かに。病気や飢えのため、ただ生き続けるだけでも苦痛を伴う時代に比べて、
現代では安楽に生きていけますが、人間は何かしら悩みや苦しみを生み出すものですよね。
 
「日本の開化は内発的ではなく、外発的なものだ」と主張しています。
黒船の来航により鎖国が解かれ、外国の文明に追いつかなければ侵略されてしまう
日本の状況を指しています。
発達の過程として自然に生ずる内発的な開化とは違うことを、
日本人は自覚すべきであることを訴えています。
 
 
 私の個人主義
 
読んでいると、なるほど漱石は講演が上手だと思います。
話の終わりに論旨をまとめてくれたりします。
 
 第一に自己の個性の発展をしとげようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。   第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければ ならないという事。
 第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。
 
〔第一〕は、「義務と権利」「自由」という基本的人権の問題ですね。
 モラルが崩壊しつつある現代で、ぜひ訴えたいことです。
 
〔第二〕は、西洋で言う「ノーブレス・オブリージュ」の考えかたですね。
 
〔第三〕は、一部の大企業の経営者の胸に刻んでほしいことです。
 一昔前の企業家ならこういう思想を持っていたのではないでしょうか。
 
 
 
漱石は「国家主義」に対比して、この「個人主義」という言葉を論じています。
日本が軍国主義に向かう前の大正期の講演であることに重みを感じます。