仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「白い巨塔」 山崎豊子

国立大学医学部を舞台として医学界の内幕を描いた社会派人間ドラマ
山崎氏の代表作で、何度も映像化している。
 
 国立浪速大学第一外科の財前五郎助教授は、高い技量を持ち食道ガンの権威として名高い。あくの強い
 自信家である彼を上司である東教授はけむたく思っている。そのため東は自分の後任教授から財前を外そうと 目論む。医学界でのしあがろうという強い野心を持つ財前は、舅の財前又一の金力・政治力を借り、熾烈な選  挙戦を戦い教授の座を勝ち取る。
 第二内科助教授の里見脩二は財前の同期だが、対照的な人物。患者本位の誠実な学究肌の医師。
  教授就任後も、ドイツ外科学会に招聘されるなど、順風満帆の出世街道を進むように見えた財前だが、
 里見から回された胃ガン患者佐々木庸平を手術した後経過が悪化し、佐々木が死亡する。佐々木の遺族は
 財前を誤診で告訴する。
 
久しぶりに手に取ってみましたが、読み始めるとぐいぐいと引き込まれてしまいました。
これぞまさに人間ドラマだと思いました。
 
 
冒頭から財前が登場し、彼の立場や性格が語られます。ふてふてしく自信満々な彼が、
東教授の前に出たとたん謙虚な態度に早変わりする姿に、財前のキャラクターが印象づけられました。
その後、東教授は鵜飼医学部長接触し、教授戦への根回しをはかります。
 続けて、財前の愛人ケイ子、東の娘佐枝子、財前の妻杏子、舅の又一など、主要な人物が順々に登場し、
その人となりが語られていきます。
 
短い文章の中でも、それぞれの人物を読者に印象づける描写に感服します。
 財前は東教授との化かし合いのようなやりとりの後、郵便局に行き故郷の母に送金します。
夫の早世後、女手一つで財前を育てた母は、財産家からの婿養子の話を即諾し、
息子の出世に差し障りのないよう身を引いています。そんな母に財前は毎月送金しています。
単なる野心家ではない財前の背景を描くことで、ドラマによりふくらみが生まれています。
 
 
個性の強い人物たちの中でも、強烈度 NO1は 財前又一でしょう。
財前産婦人科医院を経営し稼ぎに不足はないが、開業医には得られない名誉・社会的地位を
求めて、五郎を婿養子として先物買いした海坊主というあだ名のオヤジです。
医者というよりしたたかな浪速商人です。
ドラマで西田敏行が演じていましたが、キャラがぴったりはまっていてウケました。
 
財前の話のわかる愛人のケイ子さんも好きですね。
金持ちで単純な妻に、オトナの愛人なんて、財前はおいしいよね~
 
教授連を筆頭とする医学者たちは権力欲にとりつかれた俗物ばかりで、
医学界内の権力を奪い合うその闘争はあさましい限りです。
彼らのやりとりの場面では、腹芸のない会話はないのかとうんざりします。
 
心洗われない人間関係ばかりの中で、清涼剤となるのは里見脩二と東佐枝子。
浪速大医学部の良心 里見先生がいてくれないとストーリーが救いがたくなってしまいます。
佐枝子嬢も古き良き大和撫子という風情で素敵です。
でも、里見家の生活の現実を支えている妻三知代が夫の地位を守りたいと願う姿と、
里見の理想を追う佐枝子を比較しちゃうのはずるいかな~と思います。
不倫に走る訳ではないのでいいんですけど。
 
 
 
 
名役者たちが重厚な人間ドラマを織り上げていきます。
 
ドイツでの学会講演や供覧手術で栄光の絶頂を味わう財前の姿と、手術後容態が悪化し死亡する
佐々木庸平とその遺族の怒りを交互に描く場面は映画のようです。
帰国した財前は佐々木遺族の告訴を知らされ、絶頂からたたき落とされます。
 
ドイツの医学者は、財前の手術の報酬を聞いて驚きます。
その他にも日本の医学界の制度の不備が語られる場面がいくつかあります。
医者を不正に走らせるような社会的背景があることについてもしっかり触れることで
単なる勧善懲悪ではない、社会派ドラマになっています。
 
二審まで進んだ裁判の模様は細かく語られ、臨場感たっぷりで
手に汗握りました。
敗北が確定し上告を叫んだ時、財前が倒れた場面は劇的でした。
 
最後の場面では、死亡した財前の病理解剖が行われます。
財前は自分の死体解剖書を書き残していました。
その末尾には
 以上、愚見を申し上げ、癌の早期発見並びに進行癌の外科的治療の一石として役立たせて戴きたい。
 なお自ら癌治療の第一線にある者が、早期発見出来ず、手術不能の癌で死すことを恥じる。
としたためてありました。
財前は人生の最期において自己の本分に立ち戻れたのでしょうか。
 
もう一通、裁判の上告理由書を手元に残していたことを、里見は「人間の弱さというか、救われようのない業
のようなものが刻印されているようだ
」と述懐します。
 
 
 
 
この小説は50年ほど前に書かれたものですが、
現在、医学界の体質は改善されているのでしょうか・・・・?
 
 
 
 
唐沢寿明主演のドラマを見ました。
このドラマで我が家の唐沢株が急上昇。
江口洋介演じる里見とは、べたべたの親友関係となっていました。
まあ、ドラマ的演出はこういうものでしょうか。
 
山崎豊子氏は、毎日新聞社井上靖氏の部下として教えを受けたそうです。
この方の小説には‘女のにおい’を感じないところがすごいと思います。
女性作家の小説は、同性からすると鼻につく所があることが多いものなのですが、
それが全然ありません。