仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「白夜行」  東野圭吾  [集英社]

不幸な生い立ちをした男女が悪の道に走り、他人を陥れてのし上がるが、
最期には悲劇的結末を迎える物語
 
と、ステレオタイプなまとめ方をしてしまいましたが
ぐいぐい読ませる名作です。
 私は基本的には心温まるストーリーが好きで
悪人が主人公の話は好んで読まないのですが、
この作品は善悪で切り捨てられない深みがあります。
 
文章構成的にも優れていて、長編なのですが
飽きずに読み切ってしまいます。
 
 
お勧めポイントはいくつもありますが、まず文章について。
19年の歳月が流れる物語なのですが
月日の経過が印象的に描かれています。
 
時々、実際に起こった事件が会話に織り込まれています。
冒頭は、水俣病などの公害病裁判、続けてオイルショック
間には尾崎博士のノーベル賞受賞、宮崎勤事件などなど。
読者に、時間の経過を自然に知らせるのと同時に
物語にリアリティを持たせる効果を生んでいます。
 
この小説の主題を語るためには
時間の経過を上手に表現することが重要だったのだと思います。
 
 
 
それから、主人公二人の関係性の描き方。
運命的な結びつきの二人が共に過ごす場面が描かれることはありません。
物語の中で二人は一度も会話を交わしません。
しかし、二人がつながりを持ち続けていることを暗示するエピソードが
何気なくちりばめられています。
彼と彼女の悪事の描写も同様です。ストレートには語られませんが
二人の仕業であることは読者に示されます。
 
二人が自分の内面を吐露する場面もほとんどありません。
彼らの行動または彼らの周囲の人物の感情を通して
読者は彼らの心情を感じることになります。
 
このすばらしい文章表現、駄作ばかりの日本映画の関係者に
見習っていただきたいものです。
 
 
 
 
 内容面も語るべきことはたくさんあります。
 
彼と彼女は、周囲の人間を利用するだけ利用し
障害となる場合はどんな手を使ってでも排除します。
19年の間に数え切れないほどの罪を犯します。
 
しかし、読みながら彼らを憎む気持ちは起こりません。
それは彼らが自分の血をも流しながら他人を傷つけているから。
犯罪行為であっても、彼らにとってはそうせざるをえなかったのだ
と思わされるのです。
 
長い物語の中で、二人を取り巻く人物がとりどりに登場します。
二人に利用・排除される人物にすぎなくても、おざなりな描かれ方はしていません。
人間性や二人にとっての位置づけがしっかりと語られます。
それによって、読者は罪を犯す彼と彼女の心の痛みを感じ取ることができます。
 
 
 
それから、主人公二人を追う笹垣刑事の存在。
物語の語り手に準じるような大事な役柄です。
二人を追う人物がいなければ、二人の生き様を語っていくことは
できませんから。
 
笹垣刑事は職務を超えて、二人を追い続けます。
それは罪を犯し続ける二人を裁くためではなく、救うためです。
 実の親に心を破壊され、誰も信じずお互いだけを支えにして生きてきた二人。
二人を追いつめた人物が、唯一二人を守ろうとした大人だったのかもしれません。
  「あの事件でわしらがしくじったばっかりに、結果的に、関係のない人間を何人も不幸にしたような気がするん   や。
   あの時に摘み取っておくべき芽があったんや。それをほったらかしにしておいたから、芽はどんどん成長し   てしもた。成長して、花を咲かせてしまいよった。しかも悪い花を」
 
 物語は彼の登場で幕を開け、彼の手で幕を閉じます。
 
 
 
 
白夜行」という印象的なタイトル、
その意味は、物語が最終場面に向かう前に彼女によって語られます。
 
    「あたしの上には太陽なんかなかった。いつも夜。でも暗くはなかった。太陽に代わるものがあったから。      太陽ほど明るくないけれど、あたしには十分だった。あたしはその光によって、夜を昼と思って生きてくる     ことができたの。」