「野心のすすめ」 林真理子 [講談社現代新書]
作家 林真理子氏が書いた現代人に贈るメッセージ。
タイトルの通り、「野心をもつ」ことを(特に若者に)勧めています。
エッセイにあるような韜晦なしに、本音で語っています。
‘硬派’林真理子の姿が見られます。
私のように、自分の好みとは違う路線の作家のはずなのに、なぜだかわからないけど
林真理子の文章がおもしろい、読んでしまう、という方がこの本を読めば
「なるほど、こういう訳だったのか」と胸落ちするのではないでしょうか。
林氏は、ここまでストレートに主義主張をわかりやすく述べた文章は
今まで書いていないのではないでしょうか。
小説はもちろんのこと、エッセイでも。
場にふさわしくないからという理由にくわえて
林氏のキャラとしてそういうのは
避けたかったのではないかなあ。
・第一章 野心が足りない
・第二章 野心のモチベーション
・第三章 野心の履歴書
・第四章 野心と女の一生
・第五章 野心の幸福論
という構成です。
分かりやすく順序立てて持論を語っています。
改めて感じましたが、この方の文章はわかりやすいです。
私は、修飾の多い個性的な文体よりも、
簡潔明瞭な文章の方が好きです。
書かれている論はおおむね共感できました。
特に印象に残った部分をいくつか。
「老いを見据える訓練」
私は幼い頃から、いつも死について考えさせられていました。
なぜかというと、両親が年を取ってからできた子どもだったので、たえず陰気な声でこうやって脅されていたのです。「マリちゃんが大きくなる時には、お父さんもお母さんも生きていられないかもしれないんだから、もっとしっかりしなきゃいけませんよ」
「人は死に向かって歩んでいる」という言い方は池波正太郎氏のエッセイでよく出てきます。
なるほど同じ観念をもっていらっしゃったんですねぇ。
こうした母の教えのおかげか、人間は老いるのだということを忘れない訓練を幼い頃から重ねてきたので、年を取るということを、私はいつも明確に意識しながら生きてきました。
ですから、いまのアラフォー世代にありがちな、自分が若いままだと思いたい、いまは若作りしているがこの先の取り方がわからないということは私にはなかったように思います。「誰でもいつか老いていく」という感覚は、私の小説の一つのモチーフでもあります。
この方のエッセイは、ダイエットだのエステだのプチ整形だのの話題が多いですが
うんざりせずに読み流せるのは「美魔女」的思想がないからですね。
小説では、女の加齢に対するリアルな心境が描かれているので
将来への心構えができて参考になるのです。
「子育てと仕事の両立」
私はやはり、どうしたって女性は仕事を持って、働くべきだと思っているんです。専業主婦のリスクということではなく、人生の充実感や降伏のために。自分の仕事が積み重なって、ある日、何かの結果が出るという楽しさは、恋とか愛とかともまた違う、もっと人間的な深いところに根ざしている。それに、働いていると良いことが、自分の名前で勝負できること。自分の力なら、たとえ低い評価でも自分の努力不足だと納得できるけれど、夫の地位や肩書きで評価される人生は辛い。
子育てが一段落してから始めたパートだって、どんな仕事だっていい。家計の足しのためにでも何でも、自分で稼いでいるということは大事だと思います。
「自己顕示欲の量」
こうした家事能力以外のことで、専業主婦に向いている人、家族の世話だけやって幸福に生きられる人に必要な素質とは何でしょうか。
それは、野心の親戚でもある「自己顕示欲」の量が少ないことではないかと思います。
人間が成長するのは、なんといっても仕事だと思うんです。・・・・・・・・・・・
家庭生活や子育てで人間が成長するということ自体は否定しません。しかし、それは仕事での成長の比ではない。子どもを生んだ人が「子育てで人間的に成長しました」というのは単なる自画自賛だと思いますし、私は信用していません。仕事でイヤなことにも堪えていく胆力を鍛えていれば、子どもが泣いたくらいでうろたえない人間力は自然は身に付いているのです。
ご本人も書かれていますが、専業主婦の方々から反感を買うでしょうねえ。
私はそうではないので、うんうんとうなずいていますが。
女性が働き続けたほうがいい理由は、精神論に拠るだけではありません。少なくとも私にとっては、人が稼いできたお金に頼って生きていく人生は考えにくい-自分の欲しい物を自分の稼いできたお金で買えるということは、当たり前に必要なことなんです。
まったく同感です。
私も、どんなに職場がイヤになっても、寿退職で解決しようと思ったことはありません。
人の顔色を窺いながらお金を使うのはイヤだし、人の稼いだお金を自分のものだとする感覚は
もてないと思うので。
結婚したって、いつでも離婚できる自由は守っていたいですし。
「生むタイミングの難しさ」
なぜ私が、どうしても結婚して子どもが欲しかったかというと、幼い頃からずっと、家庭を築くのは人間にとって当たり前のミッションだと思っていたという他ありません。林氏は、ミーハーでうわついた人物に見えますが、実は人間としての基本的な部分は堅実です。
収入の多い著名人でありながら、普通の会社員の男性と結婚して、家庭を守り子どもを育てている所が
すごいと思っています。(ご主人も大人物なのだろう)
家政婦やベビーシッターを雇ってはいるけれど主婦業を放棄している訳ではないようです。
土日は仕事は入れないことにしているそうですし、旦那にいばりちらされている様子はよくエッセイで書かれています。
この辺りが一番尊敬する部分です。
だからもしも離婚したなら、読む気がなくなってしまうかも(笑)
最初の章で、今の世の中、どうして「野心的な」人が減ってしまったのかの考察をしていますが
社会学的な見方をされているように思いました。
全体的に感情論で物を言っている訳ではなく、説得力のある文章だと思います。
とはいえ、反発を感じる方もいらっしゃるでしょうね。
新聞の投書でそういう人を見ました。
私も100%共感している訳ではないのですが大丈夫です。
一番合わないと思う部分は、ミーハーで世俗的なところ。
「一流、二流、三流」とか言っているような。
でも、その部分は私の価値観において重要な項目ではないので
気にならないんです。
それに自分に合うように変換して理解しちゃってますね。
他人と比較しての「一流」ではなく自分にとっての「一流」を目指せってことよね、とか。
私は「自分の世界の中心には常に自分がいる」人間なので
他人と自分を比較して価値を計ったりしないんです。
勝負は常に自分自身としています。
究極のナルシストといえましょうか(笑)