仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「博士の愛した数式」 小川洋子

第一回本屋大賞を受賞した作品として有名です。映画にもなりました。
 
 主人公の「私」は家政婦。小学生の息子と二人暮し。
 非常に変わった顧客の下に派遣されるようになった。
 一人住まいの老人で、元大学教授(数学)。
 彼の記憶は80分間しかもたないという。
 「私」は、彼を「博士」と呼ぶようになる。
 
博士は80分以上前のことはすべて忘れてしまいます。
だから「私」は、毎朝博士に会うたびに自己紹介をします。
博士は、時間やエネルギーの大半を数学に費やす奇妙な生活をしています。
「私」は最初はくたくたになっていましたが、博士の人となりを知るうちに
信頼関係がうまれます。
 
 
この作品は美しい童話であるような印象を受けます。
登場人物の本名が出てこないこと、過去を回想する語りであること、
何よりも、子どもに向けるまなざしのような、暖かい雰囲気が全体にあふれているからです。
 
その暖かい雰囲気を作っているのは博士の愛情です。
    数学への愛 
    子どもへの愛
    野球、特に江夏豊への愛
 
 
博士が数について語るシーンでは、読者の私も「私」と一緒に数字の美しさに魅せられます。
  「しかし0が驚異的なのは、記号や基準だけでなく、正真正銘の数である、という点なのだ。最小の自然数1   より、1だけ小さい数、それが0だ。0が登場しても、計算規則の統一性は決して乱されない。それどころか、   ますます矛盾のなさが強調され、秩序は強固になる。さあ、思い浮かべてごらん。梢に小鳥が一羽とまって   いる。澄んだ声でさえずる鳥だ。くちばしは愛らしく、羽根にはきれいな模様がある。思わず見惚れて、ふっと   息をした瞬間、小鳥は飛び去る。もはや梢には影さえ残っていない。ただ枯葉が揺れているだけだ。」   
 
私は数学嫌いの子どもでしたが、その頃にこの小説を読んでいれば
好きになれたかもしれないと残念です。
 
 
 
博士は独身ですが、子どもにたいして大いなる愛情を持っています。
「私」に子どもがいて一人で留守番していることを知ると非常に心配をして、
「明日から学校が終わったらここにつれてくるように」と断固として言います。
翌日、やってきた彼を暖かく出迎え「ルート√」というあだ名をつけます。
 
博士は記憶の障害で他人とつきあうことがうまくできません。
しかし、ルートに対しては決してそのことで気まずい思いをさせないようにふるまいます。
博士にとっては大変な労力を費やすことです。
博士とルートとのやりとりを読んでいると、暖かい感情で胸がいっぱいになります。
 
 
 
博士は野球が好きで、江夏豊の大ファンです。
にもかかわらず、野球のゲームを一度も見たことがない博士といっしょに
「私」とルートはナイター観戦に行きます。
三人にとって、とても美しい思い出です。
 
 
 
 
物語は、大学卒業前のルートが、中学校の数学の先生になることを
博士に報告する場面で終わります。