仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「武蔵野」 国木田独歩

国木田独歩(くにきだ どっぽ)は、明治の小説家(詩人、編集者)です。
 
新潮文庫から460円で出ています。
 
この本は、独歩の第一短編集で、
「武蔵野」「忘れ得ぬ人々」「たき火」「源叔父」など17作が収録されています。
 
 
 
 「武蔵野」
 
独歩の代表作。名文として有名で、昔は国語の教科書にも載っていました。
 
「武蔵野」とは東京のある地域を指しますが、
地図でここからここまでと区分できるようなものでもないようです。
 ・高層ビル街はダメ 
     「東京は必ず武蔵野から抹殺せねばならぬ。」
でも、自然だけでも不足で、
 ・町外れ(生活と自然が密接している地域)は必ず入れるそうです。
 
その理由は
  「一種の生活と一種の自然とを配合して一種の光景を呈しおる場処を描写することが、すこぶる自分の
  詩興を喚(よ)び起こすも妙ではないか。・・・・・このような町外れの光景は何となく人をして
  社会というものの縮図でも見るような思いをなさしむるからであろう。」
 
 
作者が武蔵野を散策して見た景色が、美しい文章で描写されています。
武蔵野の景色の特長は雑木林の美しさです
 
 「楢の類いだから黄葉する。黄葉するから落葉する。時雨(しぐれ)が私語(ささや)く。凩(こがらし)が叫ぶ。   一陣の風小高い丘を襲えば、幾千万の木の葉高く大空に舞うて、小鳥の群かのごとく遠く飛び去る。木の葉   落ちつくせば、数十里の方域にわたる林が一時に裸体(はだか)になって、蒼(あお)ずんだ冬の空が高くこの  上に垂れ、武蔵野一面が一種の沈静に入る。   空気がいちだん澄みわたる。遠い物音が鮮かに聞こえ    る。・・・・・・ 鳥の羽音、囀(さえず)る声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。叢(くさむら)の蔭、林の奥に   すだく虫の音。空車(からぐるま)荷車の林を廻(めぐ)り、坂を下り、野路(のじ)を横ぎる響。蹄(ひづめ)で    落葉を蹶散(けち)らす音、これは騎兵演習の斥候(せっこう)か、さなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人 である。何事をか声高(こわだか)に話しながらゆく村の者のだみ声、それもいつしか、遠ざかりゆく。独り淋しそ うに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。隣の林でだしぬけに起こる銃音(つつおと)。」
 
歩みを進めるにつれて変わっていく風景、また季節ごとの移り変わりなどが浮かんできます。
 
 
  
 「忘れ得ぬ人々」
 
私の一番好きな作品です。人生に影響を与えた本の一つです。
「忘れ得ぬ人々」とは、忘れることが許されぬ人々ではなく、
恩も義理もないのになぜか忘れることのできない人々、という意味です。
 
主人公には、今までの人生の中で忘れ得ぬ人々が何人かいるという。
それは
   大阪から瀬戸内への汽船の上から見かけた小島の磯でなにかを拾って歩いている人、であったり
   阿蘇の噴火口の迫力ある眺めを見た後、山を降りて夕暮れ時に通りかかった村ですれ違った
   俗謡を歌いながら荷車を引いていた屈強な若者、であったり
   四国の三津ヶ浜のにぎやかな魚市の、町外れで琵琶を弾いていた琵琶僧であったり。
 
主人公は彼らを忘れられない理由を語る。

 「そこで僕は今夜(こよい)のような晩に独(ひと)り夜ふけて燈(ともしび)に向かっているとこの生の孤立を感じ て堪(た)え難いほどの哀情を催して来る。その時僕の主我の角(つの)がぼきり折れてしまって、なんだか人懐 (ひとなつ)かしくなって来る。いろいろの古い事や友の上を考えだす。その時油然(ゆぜん)として僕の心に   浮かんで来るのはすなわちこれらの人々である。そうでない、これらの人々を見た時の周囲の光景の裡(うち) に立つこれらの人々である。・・・・・・・」
  
 
旅に出ると、いつもの自分とは違う気持ちになり、いろいろなことを考えます。
旅を思い出すと、その時の気持ちまで呼び起こされます。 
 
 
 
 「たき火」
 
逗子の浜辺の冬の一時を書いたスケッチです。
 
近所の子どもたちが集まって何事かを評議しています。話が決まると
子どもたちは走り回って、朽ちた板切れ、木の欠片、折れた柄杓などを集めてきます。
子どもたちは獲物を燃やしてたき火を作ろうと懸命です。
けれどくすぶるばかりで、なかなか火は燃え上がりません。
日が落ちて母親の呼ぶ声がします。くやしい気持ちで振り返り振り返りしながら子どもたちは
家路に向かいます。
これが最後、と振り返った時にたき火が燃えついたことを発見します。
子どもたちは火が燃え上がったことに満足し、そのまま家へと駆けていきました。
 
夜もふけたころ、火だけが燃えている寂しい浜に年老いた旅人が通りがかります。
駆け寄った老人は凍えた手足をたき火で暖めます。
「げに心地よき火や、たが燃やしつる火ぞ、かたじけなし。」
十分暖まった老人は、燃え残りの木々を集めてたき火をかきたてた後、去っていきます。
「夜更け、潮みち、童等がたきし火も旅の翁が足跡も永久の波に消されぬ。」
 
 
 
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国木田独歩は学生時代、卒論に選んだ作家です。
どこが好きだったかというと、その文章の美しさです。
 
私は西洋絵画ではバルビゾン派印象派が好きですが、
コローやミレーの絵画を見る時と同じような気持ちになります。
 
コローの絵で好きなのは、農村や人物のいる風景画です。
素朴で暖かみのある画面、自然と生活が密着しているモチーフが
独歩の文章を思い起こさせます。
 
 
自然を単独ではなく、人の暮らしと重なったものとして
感じ取る見方に感銘を受けたものです。
 
 
 
 
学生時代の本を開くと、いろいろと書き込みがしてあり
当時の心の動きが思い起こされます。
若いころは感受性が豊かで、感動が深かったなあ・・。