仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「マドンナ」 奥田英朗

‘40代会社員 課長’である男性を主人公にした短編集。5編収録。
講談社文庫から出ています。
 
例によって作者の鋭い人間観察眼が感じられますが、
毒は少なく、温かい読後感です。
ターゲット?の40代の男性方はどんな気持ちで読んでおられるのでしょうか。
 
 
 
 「マドンナ」
 
 営業第三課に25、6歳の倉田知美が異動してきた。感じの良い女の子で、
 課長の荻野春彦は恋に落ちてしまった。
 
といっても不倫ものではありません。
「三回、部下の女を好きになった。ただし一度も関係をもったことはない。春彦の場合、いい子だなと思った
 瞬間から夢想がはじまる。頭の中で恋愛物語を楽しむ。ただそれだけだ。」
 
そんなものかな~と思いましたが、自分の職場に置き換えて考えてみたら
わかるような気がしました。
片思いの‘恋’にふりまわされるおじさんの姿は、ほほえましい感じです。
奥さんにはしっかりクギをさされていますが。
 
春彦の恋は、あこがれの先輩社員の前での知美の態度を見たことから、終わります。
それまでの知美は、どの男性に対しても適切な距離をとってスキをみせなかったのですが
先輩がやってきたとたん、ころっと‘女の子’に変わってしまいます。
要するに課内の男性はアウトオブ眼中だったんですね。よくわかります
 
最後は奥さんの待つ家に帰っていきます。
 
 
 
 
 「総務は女房」
 
 入社以来営業畑を歩いてきた恩蔵は、総務部第四課長を拝命した。
 「違う空気を吸ってこい」という出世コースの習わしとしての配置である。
 
総務部は営業部とはまったく違う世界だ。悪しき「慣例」に我慢ができない恩蔵は
改革を図ろうとするが、各方面からの抵抗にあう。
闘いのヤマ場で、彼は自分の奥さんと言い争う。
 「ああ、そうか-。うまく回らない頭でうっすらと思った。本能がやめておけと言っている。
  総務と女房に勝ってはいけない、と。」
 
人間関係というものは杓子定規にはいかないものだなあ、としみじみ。
理想と現実のバランスをとるのは難しい。
 
 
 
 
 「ボス」
 
 鉄鋼製品部に新しい部長がやってきた。浜名陽子という女性の下で
 課長田島は働くことになった。
 
 体育会系の古い体質の部を‘改革’するための抜擢人事である。
 海外経験の長い浜名陽子は合理的な業務システムへと改革を断行していく。
 田島は数々の抵抗をみせるが、スキのない彼女には歯が立たない。
 
ついつい女性キャリアである浜名陽子に感情移入してしまいますね。
スマートな仕事ぶりがかっこいいです。
田島課長の苦悩にも同情はしますが。
 
田島が、ボスの隠された素顔を発見するラストは良い感じです。
 
 
 
 「パティオ」
 
 鈴木信久課長の業務は「港パーク」の活性化である。イベント実施など集客に知恵をしぼらねばならない。
 港パークのパティオに毎日やってきて読書をしている老人に、信久は気付いた。
 
信久はパティオの老人に、一人暮らしの自分の父親の姿を重ね合わせて
つい老人のことを気にかけてしまう。
それでいて、父親の直接働きかけることはなかなかできない。
なくなった母親とは気軽に会話できていたのに、父親にはできない。
このあたりの心理はよくわかる気がしました。
 
最後に老人の心中が語られます。人と人は、なかなか難しいものですね。