「ソフィーの世界」 ヨースタイン・ゴルデル [ノルウェー]
副題は「哲学者からの不思議な手紙」 NHK出版 発行
訳者は池田香代子氏 監修は 須田 朗氏
「哲学の歴史を語る」ことと「ファンタジー」を両立させた画期的な物語です。
西洋哲学の入門書としてお薦めです。
など、教科書に載っている西洋の有名な学者の考えがわかりやすく語られています。
「哲学」というと、「よくわからないけど、小難しいことをいろいろ考える学問」というイメージが
一般的かと思います。
「哲学とは何か?」、物語中ではこんなふうに語られています。
人はそれぞれ、さまざまな趣味や興味を持っている。
すべての人に関心のあることなんてあるだろうか?
あらゆる人間に関係あることなんて、あるのだろうか?
すべての人間がかかわらなければならない問題をあつかうのが哲学だ。
生きていく上で一番大切なものは何か?衣食住そして愛情以外にも、あらゆる人にとって切実なものが ある。
わたしたちはだれなのか、なぜ生きているのか、それを知りたいという切実な欲求を、わたしたちは
もっている。
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この物語は、ソフィーという14歳の少女に向けての哲学講座という形式で進んでいきます。
哲学の流れが順番に語られていきます。
相手は14歳の少女ですから、たとえを用いてわかりやすく説明されています。
一人の哲学者を理解するだけでも労力が必要なことであるのに、哲学史全体の流れや哲学者それぞれの
考え方をだれにでもわかるように説明するというのは大変なことだと思います。
いろいろな「流派」があって、さまざまなテーマ・立場・考え方があるんだと感服しました。
「理性」vs「感覚・感情」、「精神」vs「物質」、「理論」vs「経験」など、いろいろな対立が興味深かったです。
西洋哲学の流れの中では、キリスト教の「神」をどのように位置づけるかが常に重要な命題で
いくつかの立場がありますが、私が一番共感したのはカントです。
「カントは、経験も理性もおよばないところがあって、そこが宗教のための場所なんだ、この余地を埋めることが できるのは信仰だけだって考えたんだ。」
「カントは、こうした究極の問いは個人の信仰にまかせるべきだ、としただけではなくて、もっと先まで進んだ。カ ントは、人間には不死の魂があり、神は存在し、人間には自由意志があると前提することは、人間の道徳には 欠かせない、と考えた」
私は特に宗教に帰依してはいませんが、信仰というものは基本的には人間に必要だと考えています。
文明が発達した社会では科学至上主義が優勢で、「すべての事象は科学で解明できる。神や悪魔などは
存在しない」と考え、病気治癒や心の平安を神に祈ることは無意味だと考える人も多いでしょう。
でも、神に頼らない=自分の身に起こる全ての出来事は自分で解決しなければならない=人生すべてについて自分で責任をとる、ということになり、非常に心に負担のかかる結果となると思います。
現代人に心の病が増加している一因は、この辺りにあるのではないでしょうか。
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この物語のファンタジーとしての設定は、ソフィーという少女と哲学講座の先生の存在にあります。
ある日、ノルウェーの「普通」の少女ソフィーに不思議な手紙が舞い込みますが、
差出人は不明で、通常の郵便とは違う届き方をしたりします。
手紙は次々届き、「哲学講座」は進んでいきます。
その中で、謎の少女ヒルデの存在もたびたび暗示されます。
ソフィーと先生の正体は、物語のちょうど中盤で明らかにされます。
前半と後半とでは、語りの主体が逆転してしまいます。
そして、二人の行く末は最後に決着がつきます。
これは非常に優れた設定だと思います。
二人の存在そのものが哲学のある考え方を体現しており、読者は二人の存在の行方を追うことで
哲学的思考を実践させられているのでしょう。
それから、二人の正体の謎がミステリー的な趣向となっており、読者をひきつける誘因ともなっています。
読んでいる途中で頭が疲れて読むのに飽きてきても、「謎を知りたいから」という動機で最後まで
読み終えることができました。
(途中でもう止めたい、と思ったのは、きっとわたしだけではないでしょう)
「架空の世界である」という創作物語の大前提を崩された時の衝撃は、
物語を読み慣れた読者ほど、大きく痛快なのではないでしょうか。
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読み上げるのにはかなり労力を使いますが(読みながらお腹減りました)
ためになる本なので、みなさまにお薦めしたいです。