仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「ビックボートα」   赤川次郎   [光文社]

巨大な工場をまるごと海に浮かべて南米まで運ぶという、海洋冒険ロマン長編
  
  岩中津重工の一営業課員だった一柳(イチリュウ)は、社長中津の命により極秘プロジェクトの長となり、
  α(アルファ)と名付けられた巨大な工場を、南米の革命新政権国家へと海上輸送することとなった。
  反対勢力の妨害は激しく、この業務は命がけである。一柳たちは妨害を乗り越えαに乗り組み、
  海へとこぎ出した。行く手にはさらなる障害が待ち受けているだろう・・・・。
 
 
赤川作品には珍しいハードボイルドな冒険小説ですが、特に好きな作品です。
この作品を一言で表すとしたら、男のロマンです。
登場する男達は、それぞれのロマンを賭けてこのα計画に向かっています。
 
主人公 一柳は、自ら予想もしない冒険生活に飛び込んでしまったことについて述懐しています。
   男にとって仕事こそが優先だと信じているわけではない。むしろ、家庭を破壊してまで、出世したいとは思っ   ていない。この仕事は、特別だった。出世とも、金とも、関係ない。なぜ、こんなに自分がのめり込んで
   しまったのか、一柳自身、よく分からないのである。
 中津社長が、社運を揺るがすほどの重大プロジェクトを独断専行したのは、若き日の冒険における
約束を果たすためでした。
 α計画を妨害する側のリーダー久留は、最初は金銭で依頼されたビジネスであったのに、次第に
αという存在自体に対抗心を燃やすようになり、とうとうα打倒に自らの生涯を賭けることとなります。
 
 
αに乗り込んだのは、一柳の他、安井、浅川、中路、熊野といった男たちに加え、紅一点の知子。
長い航海の中で、チームの中にはいくつかドラマが起こりますが、
目標達成を目指すチームワークはゆるぎません。
 
 
 
 
男のロマンを語る物語には、マドンナ役の女性の存在が必須ですが
そちらもぬかりなく配置されています。
女性の登場人物は、乗組員の知子と一柳の妻美沙子、そして一柳の幼い娘智美。  
 
ヒロイン役の知子は、αの警護役として連れてきたイルカたちの保護者という重要な役割で
ヒロインにふさわしいキャラクターを持っています。
長い航海の間に生まれた知子と一柳との感情の行方は、目的地に着いた時スマートな形で決着します。
物語の最後に二人が別れる時には、また違う間柄になっているのですが・・・。
 
妻美沙子もただ夫の帰りを待っているだけの役柄ではなく、
中津社長の若き日のロマンの聞き役になるという役割を持っています。
やっぱり男がロマンを語るときは、女性が相手である方が絵になりますね。
 娘の智美ちゃんも、短いセリフ・出番ながらその場面を印象づける役柄です。
 
 
 
 
物語は、ドラマチックな航海を終えた後、帰国する一柳の姿で幕を閉じます。
   もう、αは過去のものだった。--一柳のうちでも、閉じられたページになっていた。
   そう・・・・。あと何十時間かで、日本へ帰りつくのだ。
   「日本へ帰ったら、か」
   と、一柳は行って、座席に座り直した。「女房子供と三人で、晩飯を食べるさ。」