仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「銀の匙」 中 勘助  [岩波文庫]

作者の少年時代の思い出を自伝風につづった小説
 
一般的には有名ではないと思いますが、知る人ぞ知る作品。
夏目漱石が高く評価していたそうです。
 
 
 東京の元士族の両親の下に生まれた作者は
病弱な生まれつきで、幼いころは溺愛する伯母さんにつきっきりで
育てられました。
伯母さんとの心暖まるエピソードがいっぱいです。
 
成長すると共に丈夫になりわんぱくにもなってきます。
隣家の女の子と毎日遊んだり、同級のいじめっ子と争ったりと
いかにも子供らしい生活風景です。
 
 
子供特有の心情が生き生きと描かれていて
絵本をめくる時のような優しい気持ちになれます。
 
文章もとても魅力的です。
子供の目線でとらえる自然の姿、庭の草花、友達と遊ぶ近所の草原などが
繊細に描写されています。
平安古典文学を思わせるような日本の美しい文章です。
 
伯母さんに背負われていったお祭りの場面など、
子供の心象風景の描き方は見事です。
大人になってしまうと決して持つことの出来ない懐かしい感情が
よみがえってくるようです。
 
   
 揃いの浴衣をきた町内の若い者からやっと足の運べる子供までが向う鉢巻にかいがいしく鬱金の麻襷をかけ  -私はあの鈴だのおきあがり小法師だのをつけた麻襷が大好きである。-白足袋のはだしにむりむりとした脛 をみせて出来るだけ大きな万燈をふってあるく。軒なみの提灯のなかにも、町をとびまわる万燈のなかにも蝋  燭の焔がちらちらとまたたく。紅白に染め分けた頭でっかちの万燈のさきに御幣のさがったのがきりきりと宙に ふりまわされるのは気もちのいいものである。そんなことの好きな伯母さんは私にも人なみの襷をかけ、鉢巻  をさせて表へつれだした。私ははしょった著物の下から赤いふらんねるの股引をだし長い袂を襷にはさんで伯 母さんの背中に小さな万燈をもっていた。
 
明治のころの東京の生活風景がくわしく描かれているので
時代小説的な楽しみ方もできます。
 
 
 
 少年が思春期を迎えるころ、郷里に帰っていた伯母さんは亡くなります。
物語は、少年がある夏旅先で知り合った年上の女性に別れをつげ
涙を流す場面で幕を閉じます。
これが彼の「子供時代」の終わりだったのでしょう。
 
 
 
明治大正の日本文学、また児童文学がお好きな方に
お勧めしたい佳作です。