仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「おまえさん」  宮部みゆき   [講談社文庫]

「ぼんくら」「日暮らし」に続く、時代推理物シリーズ第三弾
単行本と文庫同時発売という、文庫派の私にはうれしい売り出しです。
 
本所深川方のぼんくら同心 井筒平四郎と、その甥の美少年探偵 弓之助を中心とする
推理劇であり人情物です。
今作は、薬屋の主が殺されたことから二十年前の殺人が発覚し
その因縁を解いていくことになります。
 
 
1、2作目もおもしろかったですが、この3作目はさらにバージョンアップ!
1,2作を二部合唱にたとえるなら、3作は四部合唱、というくらいです。
 
シリーズが進むにつれ、登場人物が増えて物語の奥行きが深くなるし、
キャラクター一人一人について語られるエピソードも増えて
人物造形をより深く読み取ることができます。
 
 
特に大きく変わった点は、弓之助の成長です。
1,2作では彼はまったく子供の年齢でした。
美形で頭脳明晰な少年が、大人たちをころころ転がすというのが
作品のおもしろさの一つでした。
 
しかし今作では、年齢を加え思春期に突入し、
少年から青年へと変わっていく不安定なお年頃になっています。
仲良しのおでこちゃんとの呼称を変えてみたりと、大人へと向かう自覚に
よって変容していく少年たちの様子がほほえましいです。
おでこ・三太郎ちゃんは初恋の相手に恋文なんて出してます。
弓之助の恋のお相手はいったいどんな女の子になるのでしょうか。
 
弓之助の変化に伴い、回りの大人たちの心情の語られ方も
変わってきました。
「子供:大人」の構図が崩れたためか、成熟した「大人」ではない
素の顔をのぞかせたりしています。
 
私のいちおしキャラの、ハードボイルドでダンディな岡っ引き政五郎は
女房お紺とのなれそめを「私が拾ってもらったようなものです。」と語ります。
う~ん、気になります。
木戸銭払うから、出会いのエピソードをくわしく聞かせて欲しい。
 
 
 
この物語を貫くテーマの一つは「恋」「情」です。
犯人カップルをつなぐ絆、今作の副主人公 若手同心 信之輔の劣等感、苦悩、
三太郎の産みの母の人生などなど
さまざまな人間関係をつなぐ「情」が物語をおりなす横糸となっています。
 
このテーマを語る上で、男と女に横たわる深い溝が浮き彫りにされ
シニカルな現代恋愛小説を読んでいるような気持ちにさせられました。
「男は莫迦、女は嫉妬やき」単純だけど、真理ですねえ。
 
殺された薬屋店主の妻 佐多枝は、源氏物語の夕顔を連想させるはかなげな美女で、
同性に嫌われるタイプです。
周囲の評価は男性と女性ではまっぷたつで、笑ってしまいました。
 
 
 
新しいキャラクターの中で気に入ったのは、弓之助の三番目の兄 淳三郎です。
弓之助とは違いますが、彼もなかなかいいキャラしてます。
大人びた弓之助が、淳兄さんにたいしては子供っぽくふるまうのが
ほほえましいです。
 
湊屋のお嬢様 みずずのその後にもちらっと触れていました。
愛読者サービスみたいでうれしくなりました。
謎の同心 佐伯氏も登場します。
 
 
 
宮部氏のすごさを改めて感じたのは
人物描写の奥深さです。
けっこう長い物語なので、一人の人物をいくつもの場面で語っていますが、
その人物のとらえ方が多面的、重層的です。
単純な勧善懲悪、敵は悪人、味方は善、ではなく一人の人間の違う面を
場面に応じてかき分けています。
 
たとえば、女差配人のおとし。
最初は年増の美女。次はやり手の差配人。
そして、いじわるなお節介おばさん、世故にたけた年長者など。
場面や相手によって違う顔を見せ、どれも偽りではありません。
この人は良い人物、などと単純に評価はできません。
 
 
 
やっぱり、宮部みゆき 最高~