仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

『重版出来!』   松田奈緒子     (小学館)

「じゅうばんしゅったい」
9巻まで出ています。

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青年漫画誌編集者を主人公にしたお仕事漫画
おもしろいので、みなさんにお勧めしたいです。

まず業界物として面白い。
漫画出版業界に携わる様々な業種の人物が描かれます。
出版社員(編集部、営業部、資材部、付録部、校閲部など)、漫画家、書店員、印刷会社、
デザイナー、バイク便ドライバーなどなど多岐に渡っています。
本好きな方なら興味がわくと思います。

そしてキャラクターが多彩。
レギュラーメンバーは編集者と漫画家ですが、何人もいてそれぞれ個性的です。
単発の登場人物も多いですが、人物がしっかりと描かれています。
いろいろな人物の人生を語っているようで読み応えあります。


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主人公 黒沢心

オリンピックを目指していた柔道選手だったが、ケガで断念。
好きな漫画の編集者という道を選ぶ。

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新人漫画家 中田 伯
特異な才能を持ち「モンスター」と呼ばれる。
生い立ちが不遇で、人物的にも特異。

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中田君の初コミックス


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後田アユ
父は過去、一世を風靡した人気漫画家だった。
母死去、父行方不明で、中学生で一人暮らし。
健気にがんばる賢い女の子



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人気漫画家 高畑一寸
漫画論を熱く語っていて引き込まれました。


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                        主人公勤務の編集部。
                     このメンバーだけでも十分個性的 



それから、キャラクターそれぞれの成長物語としても読めます。

主人公 黒沢心はオリンピックをねらえる柔道選手だったのにケガで断念。
それでも新しい道を見つけ、邁進していきます。
素直で、熱血でまっすぐな体育会系。
私には苦手なタイプだけど抵抗ないのは、独善的ではないから。

「‘がんばれ’という言葉が嫌い」という問いかけに対して
「私はがんばって、声かけてくれた人に喜んでもらおうと思います。
でも負担に思う方がいるなら注意しないと」
って、客観的に言える所が脳みそ筋肉系とは違って好感が持てます。



気になるキャラクターは二人。
中田伯君と後田アユちゃん。


モンスター中田君は
DV父と離婚した母に引き取られた後、再婚する母が出て行き、祖父に育てられ
祖父を介護し看取り、天涯孤独という生育歴。
漫画の才能の代わりに人格的には問題が多く、対人関係を作れない。
漫画で認められることが彼のアイデンティティ

私は彼に肩入れしながら読むのですが、理由はいくつか。
彼はデビュー前は病院の調理員として働いていました。
漫画家になる夢を抱きつつも、まずは定職について収入を確保している所が地に足がついている。

対人関係が苦手だけど、おさえるところはおさえている。
描いた漫画をいろいろな編集部に持ち込んでも相手にされず、
唯一受け付けてくれた黒沢を「ぼくを見つけてくれた女神」といい
ひたすらに付いていく。 
 アシスタント先の大物漫画家三蔵山龍から「ネームが出来たら見せなさい」と言われ
「僕は担当の黒沢さんに最初に見せたい」と許可を得る所も。

三蔵山夫人が家庭的に不遇だった中田くんを「かわいそう」といい
としきりに世話をやこうとするのを
彼ははねつけます。
そこも私は彼に共感してしまうんですよね。

漫画が売れていくにつれ、彼自身にも変化が表れていきます。



アユちゃんも家庭的に不遇。
人気漫画家だった父は磊落な天才型で
売れなくなった自分を立て直せず生活が荒れ
苦労した母は病死してしまう。
中学生にして働かない父を抱えるアユちゃんは
夢も希望もない生活を送っている。

黒沢たちの働きかけで、やり直そうとした父だったが
失踪してしまう。
一人暮らしになったアユちゃんを、黒沢は何かと気に掛けています。

グレもせず現実を見据え、進んでいこうとするアユちゃんですが
無料塾の先生に「かわいそうな子」と言われ、かつてないショックを受けます。
黒沢の励ましでアユちゃんは立ち直りますが、この辺が作者の人物造形が深い
と思う所です。

アユちゃんに嫌がらせをするクラスの男子が登場していて
この男子も何か事情がありそうだなと思っていたら
後でその辺りも描かれます。






業界の細かいエピソードが随所に出てくるので
漫画好きの人は通な楽しみ方ができると思います。

黒沢の編集部に、敵役的な編集者がいるのですが
どうして彼がそのような人間になったか事情が語られます。
ある雑誌が廃刊になったことによるのですが
これって「ヤングサンデー」が廃刊になった時のことかなと思いました。
小学館だし。
「とめはね!」の河合克敏氏が取材協力者として記載された巻だし。
(連載途中で雑誌移籍になった)

「とめはね!」のヒロインは柔道選手なのですが
そのヒロインのエピソードを使った黒沢のイラストが入っていて
マニアな喜びを得ました。

敵役の編集者を単純に「悪役」にしない所がやっぱり深い。
ハリーポッター」シリーズのスネイプ教授を思い出します。