仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「風に舞いあがるビニールシート」 森 絵都

児童文学の方でご存知の方も多いかもしれません。
この作品は大人向けの短編集で、6編収録。油絵風の表紙が素敵です。
表題作で直木賞を受賞しました。
 
6編それぞれ色合いが違い、かつ内容が濃くて、お得な一冊かと思います。
日々がんばっているけれども、ちょっと疲れたという方にお勧めしたいです。
 
 
 
 「器を探して」
 
 タレント並の人気パティシエ ヒロミの秘書として彼女にふりまわされている弥生
 ヒロミのケーキにほれ込んでいるため、数々の苦労に耐えている。
 弥生はクリスマス・イブの朝突然ヒロミから、撮影用の美濃焼の器を探してくるように
 出張を命じられる。
 
弥生のケーキに対する情熱には感服します。
 「食」とは人類に最も手近な、そして平等な満足と幸福をもたらす賜りものであると信じている。
 
 ここにたしかな幸福がある。手を伸ばせばだれもが簡単にふれられる。努力も我慢もいらない。
 投資も貯蓄もいらない。学歴も資格もキャリアも関係ない。
おいしいケーキを食べるひとときは、女子なら誰でも幸せになれますよね
 
まぬけな恋人高典くんのKYぶりがいい味だしています。
うまい人物配置ですね。
 
焼き物が好きなので、美濃焼を探してまわる場面は興味深いです。
たしかに上等なお菓子には良い器を合わせたいですね。
 
 
 
 「犬の散歩」
 
 恵利子は平凡な主婦だが、夜はホステスの勤めに出ている。
 それは犬のエサ代を稼ぐため。
 行き場のない犬を預かり、里親を探すというボランティア活動しているのだ。
 
スナックの常連客が「犬に貢いでなんになる?」と問いかけ、
恵利子は「犬は、私にとっての牛丼なんです。」と答えます。
それは大学時代の先輩のエピソードで恵利子は、その彼がうらやましかったと
語ります。
 
「なにを基準に生きればいいのかわからなかった」
これがはっきりしていれば、人生迷わずに生きていけるのでしょうか。
 
 
 
 「守護神」
 
 裕介はホテルで働きながら、夜大学に通う勤労学生。
 仕事と学業の両立は難しく、社会人学生の救いの神という伝説をもつ
 ニシナミユキにレポートの代筆を頼もうとするが、拒絶される。
 
裕介は非常に不器用な若者です。
人の目を気にして、自分を変えて周囲に同調しようと思った気持ちはよくわかります。
 
「努力は報われる」ってもう死語でしょうか?
 
 
 
 「鐘の音」
 
 潔は仏像の修復師。上司松浦、同僚吾郎の三人で、玄妙寺という寺の本尊である 
 不空ケン索観音像(フクウケンジャクカンノンゾウ)の修復をするために、寺に泊り込む。
 境内にある梵鐘は村の人々に人気で、だれかがついた鐘の音を聞くことが多い。
 潔は観音像に一目ぼれし、修復の作業に思い入れが入りすぎ、メインの作業から外される。
 修復完了直後、ある事情で潔は寺から逃亡する。二十五年後、潔は吾郎のもとを訪ねる。
 
仏像鑑賞は一時期ブームになったし、昔からコアなマニアがいます。
私も寺社参りは好きで、仏像の話のいろいろは興味深かったです。
潔の仏像に対する極端な思い入れには妖しさが感じられゾクゾクします。 
 
芸術の道の追求は難しく、古来よりそれを求めた人々の逸話は
数多いですね。難しい世界です。
 
タイトル「鐘の音」には実は、二つの意味が掛けてあります。
それがわかるラストシーンはほのぼのしています。
 
 
 
 「ジェネレーションX」
 
 通販情報誌社に勤める健一は、販売元のおもちゃ会社の石津
 クレーム客の元に謝罪に出向くことになった。40歳手前の健一は若い石津との
 ジェネレーションギャップを感じつつ、二時間ほどのドライブを続ける。 
 助手席の石津は、携帯電話でひっきりなしに友だちとの通話をしている。
 
タイトルに遊び心があって好きです。
一見ちゃらちゃらとして見える石津の骨太な内面が、健一の目を通して
だんだん明らかになってきます。
 
年をとると若い頃のままではいられません。
でも時には青春時代の自分に戻ってみたいですよね。
そんな気持ちにさせられるさわやかな短編です。
 
 
 
 
 UNHCR国連難民高等弁務官事務所)に勤める里佳は、別れた夫のエド
 赴任先のフィールドで亡くなったというニュースを受ける。
 二人の7年間の結婚生活は、どちらにとっても苦しい闘いの連続だった。
 
表題作であり、一番重厚な内容の佳作です。
 
「ビニールシート」はエドの口癖からきており、迫害されている難民たちを指します。
 ビニールシートが風に舞う。獰猛な一陣に翻り、揉まれ、煽られ、もみくしゃになって宙を舞う。天を塞ぐ暗雲の ように無数にひしめきあっている。雲行きは絶望的に妖しく、風は暴力的に激しい。吹けば飛ぶようなビニール  シートはどこまでも飛んでいく。とりかえしのつかない彼方へと追いやられる前に、虚空にその身を引き裂かれ ないうちに、誰かが手をさしのべて引き留めなければならない---。
 
 
二人の争いは異なる価値観のぶつかり合いでした。
里佳の結婚観は、子供を育て暖かい家族の巣をつくりたいという普通の日本女性の考えかたです。
エドは、それを肯定的に受け取ることができず、居心地の悪さがつのります。
 
「子供が欲しい」という里佳にエドは答えます。
 「僕はいろんな国の難民キャンプで、ビニールシートみたいに軽々とふきとばされていくものたちを見てきたん  だ。人の命も、尊厳も、ささやかな幸福も、ビニールシートみたいに簡単に舞いあがり、もみくしゃになって飛ば されていくところを、さ。暴力的な風がふいたとき、真っ先に飛ばされるのは弱い立場の人たちだ。老人や女性  や子供、それに生まれて間もない赤ん坊たちだ。誰かが手をさしのべて助けなければならない。どれだけ手が あっても足りないほどなんだ。だから僕は思うんだよ、自分の子供を育てる時間や労力があるなら、すで生ま  れた彼らのためにそれを捧げるべきだって。それが富める者ばかりがますます富んでいくこの世界のシステム に加担してる僕らの責任だって。」
 
なぜエドがこのような価値観を持つようになったのか、それは物語の終盤にわかってきます。
最後に里佳は、エドと過ごした時間の答えを得ることができます。
 
 
いろいろなことを考えさせられる、印象深い一編でした。