仁美のヒトミ

趣味(読書、芸術鑑賞)の記録を主に、日々の雑感などをつづります。

「或る『小倉日記』伝」 松本清張

現代小説12編が収録された短編集、表題作で芥川賞受賞。
 
直木賞ではなかったのが意外でした。(候補にはなっています)
芥川賞直木賞両方に名前が挙がるなんてやっぱりすごい作家だったんですね。
推理小説だけではなく、幅広くいろいろな小説を書いていたとは知りませんでした。
 
 
 
 「或る『小倉日記』伝」
 
「小倉日記」は、森鴎外が小倉在住の時に書いていた日記です。一時行方不明になっていました。
この作品は、鴎外の小倉時代の資料を集めた田上耕作という人物の物語です。
 
 田上耕作は、生まれながらに体に障害を持った青年だが頭脳は明晰。
 母一人子一人の余裕のない生活を送っている。
 職業も将来の展望もない彼は、鴎外の資料収集に生き甲斐を見いだし、熱意を傾けた。
 
 耕作が鴎外に傾倒するようになったきっかけは、彼の幼なじみの女の子との淡い思い出にあった。
 女の子のおじいさんは「でんびんや」という仕事をしていた。
 鴎外の「独身」という作品は小倉の話で、「伝便(デンビン)」というメッセンジャーの仕事に
 関する記述があるのだ。
    耕作は幼時の追憶がよみがえった。でんびんやのじいさんや、女の児のことが目の前に浮かんだ。
    あの時はでんびんやとは何のことか知らなかった。今、思いがけなく、その由来を鴎外が教えた。
    〈戸の外の静かな時、その伝便の鈴の音がちりん、ちりん、ちりん、ちりんと急調に聞こえるのである〉は、   そのまま彼の幼時の実感であった。彼は枕に頭をつけて、じいさんの振る鈴の音を現実に聞く思いがした。
  
母と息子が身を寄せ合って、けなげに生きている様が胸を打ちます。
資料収集半ばにして戦争が始まり、生活が悪化していきます。終戦した後も病状が重くなり、
資料を完成させることなく、母を残して耕作は亡くなります。
 
さらに最後の文章が、耕作の人生の意義を読者に向かって問いかけているようで
心をゆさぶられます。
 
 
あまりに重い読後感で、この短い一編を読み終わったあとはその後を読み続けることができず
本を置いてしまいました。
 
 
 
 
 「菊枕-ぬい女略歴-」
 
明治の女流俳人 杉田久女をモデルにした伝記文学。
 
芸術家ってエキセントリックな人が多いものでしょうか。
 
 
 
 「青のある断層」
 
 画商 奥野は、画壇の‘鬼才’と言われる画家 姉川滝治おかかえにしているやり手である。
 ある日、素人のような青年畠中が飛び込みで持ち込んで来た下手な絵を買い取る。
 いつにもない事をしたのはその絵を姉川に見せるためだった。彼は深刻なスランプに落ち込んでいるのだ。
 
結果的には姉川の肥やしにするために畠中青年を犠牲にする形になります。
芸術の道は険しく、人生って厳しい、なんて思いました。
 
 
 
 
 
 
清張氏の作品を前にすると、自分がちっぽけな小娘のような気持ちになります。
険しい岩山を前にして、太刀打ちができないような。