「卒業 雪月花殺人ゲーム」 東野圭吾
加賀恭一郎刑事のデビュー作です。
といっても、まだ刑事ではなく大学生なのですが。
大学4年生の加賀恭一郎、沙都子、波香、祥子、華江、藤堂、若生の七人は、
高校時代からの友人で全員同じ大学に進み親密な仲間づきあいが続いていた。
卒業を控えた秋、祥子が自室で死んだ。その謎がとけないまま、次には波香がお茶会中に死んだ。
加賀は二つの死の謎を解くために活動する。
第一の死は密室の謎で、第二の死は茶道の「雪月花之式」という茶席を利用したトリックを用いている
という、趣向をこらしたミステリーです。
また、‘学生時代’を終えようとしている若者たちの姿を描いた青春小説でもあります。
読み終わった時、「卒業」というタイトルに深い意味がこめられていることをかみしめました。
物語は、加賀が沙都子に求愛(求婚)するという印象的な冒頭から始まります。
その翌日、沙都子は死んでいる祥子を発見します。
手首を切っていた祥子は自殺かと推定されます。
沙都子はその動機を問われた時、考えます。
「どんな悩みでも自分達には話してくれたはずだ。・・・もし彼女が自分達にも悩みを打ち明けられなく
なっていたのだとしたら、つまりそれが大人になったということなのだろうか。」
これがこの物語の主題の投げかけになっていると思います。
学生時代(思春期)には友達が何より大切な存在で、悩みや喜びを全て分かち合うものですが
大人になると、その関係が変化していきます。
なぜそうなってしまうのかを、この物語では殺人事件の動機として劇的に描いています。
彼らが通っていた高校には茶道部があり、七人はみなその部で茶道を学んでいました。
毎年、顧問の南沢雅子の誕生日に彼女の家で茶会を催す事になっており、
波香の死はそこで起こりました。
南沢雅子は殺人トリックのためだけのキャラクターではなく、
主題を語る上での大事な役割を持っています。
すでに定年し老境に達している雅子は、教え子達の様子から
事件について何かを察しているようです。
殺人事件の謎を探っている(=仲間の犯罪を暴く)加賀に問いかけられた雅子は応えます。
「真相を知りたいとは思われないのですね?」
「真実というのは、いつの時でもつまらないものです。タカが知れていると私は思っています」
「嘘に支えられることに価値があるんでしょうか?」
「嘘か本当か、一体誰が判定できるのかしら?」
老成した雅子という存在との対比によって、加賀たちの‘若さ’がより鮮明に
描き出されています。
加賀は雅子の問いかけに対して自答します。
友人の仇を取る、というのではない。理屈抜きに真実を知りたい、というのとも違う。まして正義感などという ものは、最もふさわしくない言葉だった。強いて言えば、これが自分たちの卒業の儀式なのだと加賀は思っ た。長い時間をかけて、いずれ壊れてしまう積木を組み立ててきたのであれば、それを壊してしまってこそ、 自分たちが生きたひとつの時代を完成させることができる。
事件の謎が解明されたあと、沙都子が加賀の求婚に返事をした場面で物語は幕を閉じます。
デビュー直後の、作者自身が若い時期に書かれた作品だけあって、
若者の姿が生き生きと描かれています。
美しく儚い思い出をそっと残して去るくらいなら、いっそ自分の手で壊してしまえ
という人間の描き方がいかにも東野圭吾氏らしいと思います。